土壌汚染対策法が施行されました

弁護士 中嶋 弘

 今年に入って、本屋に行くと、「土壌汚染」という文字が入った本が目立つようになりました。昨年「土壌汚染対策法」が成立し、今年2月15日に施行されたからです。この法律で、土壌汚染問題は解決するでしょうか。身近によくある事例で見てみましょう。

平成14年に私が買った1戸建ては、もと化学工場の敷地でしたが、平成13年に廃業し、工務店が買い取って建売を建てて販売していたものです。庭が汚染されているのではと不安なのですが。

 土壌汚染の対策は、汚染状況の調査から始まります。ところが本法3条で汚染状況の調査義務が生ずるのは、特定有害物質(カドミウム、水銀、テトラクロロエチレンなど25物質)を使用する施設(農薬製造施設や水銀精製施設から旅館の厨房施設まで水質汚濁防止法で詳細に定められています)が廃止された場合です。しかも法律施行前に廃止された場合には適用されませんから、上記事例では誰も調査義務を負いません。
 この他、4条で知事が調査を命ずる場合があります。4条で調査を命じられると、土地所有者である「私」が調査義務を負うことになります。しかし、4条の調査命令は、土壌汚染によって人の健康被害が生ずるおそれがあると認められる場合にしか出せないので、これが出されることはあまり期待できません(4条の調査命令は現在までに1件だけです)。調査しなければ汚染を発見できないので、汚染が長期間放置されることになります。

私の家の隣は染色工場です。工場主が工場敷地所有者です。元従業員によると廃液がパイプから漏れているそうですが、行政にお願いしても、まだ地下水汚染が出ていないと言って取り合ってくれません。住んでいる地域では地下水を飲んでいるので不安です。

 この事例では工場が操業中ですから、「廃止」にあたらず、工場経営者は3条の調査義務を負いません。(ちなみに、仮に工場を廃止した場合であっても、調査を猶予される場合がいろいろと定められています。)また、4条による調査命令は地下水汚染が生じていない時点では「生じることが確実」でなければ出せないことになっていますので、なかなか出せないでしょう。
 したがって、やはり調査はなされず、何の対策もとられないおそれがあります。
 仮に調査をし、基準を超える汚染が発覚すると、土地所有者が対策をとらねばなりません。前の事例では「私」、後の事例では工場主です。前の事例では、汚染を知らずに取得した被害者である「私」も義務を免れることができません。その意味では所有者に厳しい責任を負わせたのですが、法律上とるべき措置は、原則として覆土や原位置封じ込めで足りるとされているので汚染は残されたままとなります。しかも、後の事例のように、土壌が汚染されているが地下水汚染はまだ生じていないという場合は、モニタリングで足りるとされていますから、地下水が汚染されるまで対策はなしに等しいと言えます。
 もっとも、基準を超える汚染が発見されると、指定区域に指定されて、台帳に記載され公示されます。一旦台帳に記載されると、汚染の除去を行わない限り指定は解除されない(覆土などの措置を講じただけでは解除されない)ので、事実上、土地を売却することが不可能となります。したがって、汚染土地を売却しようとする場合は、法律が命ずる措置以上に自主的浄化措置をとらざるを得ないことになります。
 この点では、本法によって土壌の浄化が進むと評価できる場合はあるでしょうが、自主的浄化措置をとるのは浄化費用まで負担できる者だけです。浄化費用は覆土などの措置費用と比較にならないほど大きいので、費用を捻出できない者は、結局売却できず汚染を放置するしかありません。措置を講ずる所有者等には資金的援助を行う基金が用意されているものの、これも10年間で100億円という規模にしかすぎません。そして、汚染原因者がはっきりしているが無資力である場合や、所有者が命じられた措置を超える浄化を行った場合などにも基金には限界があります。
 このように、本法は、土壌汚染の未然防止・浄化の観点から不十分であり、全面的に改正されなければならないと思います。