1 最高裁判決の要旨
債権差押命令の申立てにおける差押債権の特定は,債権差押命令の送達を受けた第三債務者において,直ちにとはいえないまでも,差押えの効力が上記送達の時点で生ずることにそぐわない事態とならない程度に速やかに,かつ,確実に,差し押さえられた債権を識別することができるものでなければならない(最高裁平成23年(許)第34号同年9月20日第三小法廷決定・民集65巻6号2710頁)。
そうすると,普通預金債権のうち,差押命令送達後同送達の日から起算して1年が経過するまでの入金によって生ずることとなる部分を差押債権として表示した債権差押命令の申立ては,第三債務者において,上記の程度に速やかに,かつ,確実に,差し押さえられた債権を識別することができるものということはできないから,本件申立てのうち当該部分(将来預金の差押え)は差押債権の特定を欠き,不適法であるというべきである。
そうすると,普通預金債権のうち,差押命令送達後同送達の日から起算して1年が経過するまでの入金によって生ずることとなる部分を差押債権として表示した債権差押命令の申立ては,第三債務者において,上記の程度に速やかに,かつ,確実に,差し押さえられた債権を識別することができるものということはできないから,本件申立てのうち当該部分(将来預金の差押え)は差押債権の特定を欠き,不適法であるというべきである。
2 前提
民事執行規則133条2項は,債権執行についての差押命令申立書に強制執行の目的とする財産を表示するときは,「差し押さえるべき債権の種類及び額その他債権を特定するに足りる事項」を明らかにしなければならないと定めている。
これは,債権差押えが,処分禁止効・弁済禁止効を有することから,他の債権と識別可能であることが必要であること,また,執行裁判所として,債権差押命令の発令に先立ち,差押禁止財産にあたるか否か,超過差押えにならないかどうかを判断する上でも必要だからである。債権差押えの特定の有無は,第三債務者が社会通念上合理的と認められる時間及び負担の範囲内で差押えの対象となる債権を識別することができるか,債権者が通常行い得る調査手段によってどの程度の特定が可能であるかを考慮して判断される。
これは,債権差押えが,処分禁止効・弁済禁止効を有することから,他の債権と識別可能であることが必要であること,また,執行裁判所として,債権差押命令の発令に先立ち,差押禁止財産にあたるか否か,超過差押えにならないかどうかを判断する上でも必要だからである。債権差押えの特定の有無は,第三債務者が社会通念上合理的と認められる時間及び負担の範囲内で差押えの対象となる債権を識別することができるか,債権者が通常行い得る調査手段によってどの程度の特定が可能であるかを考慮して判断される。
3 下級審裁判例
(1)肯定(送達の時から3営業日以内)
- 奈良地裁平成21年3月5日決定(消費者法ニュース79号200頁)
- 高松地裁観音寺支部平成21年3月25日決定(消費者法ニュース80号347頁)
- 奈良地裁葛城支部平成22年5月24日仮差押決定
- 名古屋地裁岡崎支部平成22年10月29日仮差押決定
(2)否定
- 東京高裁平成20年11月7日決定(判タ1290号304頁)
4 本決定の理由
(1)
将来預金の差押えが可能であるとすると,差押命令の送達を受けた第三債務者たる銀行は,まず,預金残高のうち差し押さえられた部分,すなわち差押債権額の範囲内でのみ出金を停止する。
預金残高が差押債権額を上回っていれば,その上回った部分については出金は停止されず,銀行は従前どおり預金者からの出金の請求に応じる契約上の義務を負う。
預金残高が差押債権額を上回っていれば,その上回った部分については出金は停止されず,銀行は従前どおり預金者からの出金の請求に応じる契約上の義務を負う。
(2)
他方で,普通預金債権の差押えがなされても,当該口座への入金が停止されることはない。
また,第三債務者たる銀行は,将来の入出金の時期及び金額をあらかじめ把握することができない。
また,第三債務者たる銀行は,将来の入出金の時期及び金額をあらかじめ把握することができない。
(3)
そのため,将来預金の差押えが可能であるとすると,仮に差押命令送達時においては預金残高が差押債権額と同じか下回っており,その全額の出金が停止されていたとしても,その後,預金者ないし第三者からの入金が継続し,預金残高が増加すれば,第三債務者たる銀行は,入金の都度,改めて預金残高と差押債権額とを比較して,前者が上回っていればどの部分につき出金を停止し,どの部分については出金を停止しない(払戻請求に応じる)かを判断しなければならない。
しかし,払戻請求を受けるたびに,預金残高と差押債権額とを比較し,差押債権額を上回る部分についてのみ払戻請求に応じるという作業を行うことは期待できない。
しかし,払戻請求を受けるたびに,預金残高と差押債権額とを比較し,差押債権額を上回る部分についてのみ払戻請求に応じるという作業を行うことは期待できない。
(4)
そうすると,将来預金の差押えは,第三債務者たる銀行が,速やかに,かつ,確実に,差し押さえられた債権を識別することができるものということはできないから,差押債権の特定を欠き,不適法である。
5 田原睦夫裁判官の補足意見
(1)
普通預金口座の場合,一般に公共料金等の自動引落し口座として利用されることが多く,また事業者たる債務者の場合には,従業員の給与の振替口座やリース料債務等の振替口座として利用されるが,かかる場合に,第三債務者にて将来預金の入金状況を常に監視しながら差押えの効力の及ぶ部分を識別し,約定に係る自動引落しや振替の可否を速やかに判断することは困難である。
(2)
また,普通預金取引と定期預金取引とを一体化して,普通預金の残高が不足しても定期預金の残高の一定額の範囲で定期預金を担保として貸付を行って払戻に応じる総合口座が普及し,この場合には,第三債務者は,将来預金の入金について,差押えの効力が及ぶのか定期預金担保の貸付の返済に充てられるのかを,入金の都度確認して処理することが必要になるが,そのような負担を考慮すると,将来預金の差押えは特定を欠くものというべきである。
(3)
将来預金の差押えを肯定し,それに伴い生ずる諸問題については民法478条や481条により適切に対応することは困難である。
(4)
将来預金の差押えを肯定すると,差押え後に,差押禁止債権に係る金員が振り込まれた場合にも差押えの効力が及ぶことになって,法が差押禁止債権として定めた趣旨に反する結果が生ずる。