将来預金の差押え

平成25年3月19日

文責:弁護士 向来 俊彦

将来預金の差押えが,差押債権の特定を欠くとされた事例
最高裁平成24年7月24日決定(判例時報2170号30頁)

第1 将来預金の差押えについて

1 最高裁判決の要旨

 債権差押命令の申立てにおける差押債権の特定は,債権差押命令の送達を受けた第三債務者において,直ちにとはいえないまでも,差押えの効力が上記送達の時点で生ずることにそぐわない事態とならない程度に速やかに,かつ,確実に,差し押さえられた債権を識別することができるものでなければならない(最高裁平成23年(許)第34号同年9月20日第三小法廷決定・民集65巻6号2710頁)。
 そうすると,普通預金債権のうち,差押命令送達後同送達の日から起算して1年が経過するまでの入金によって生ずることとなる部分を差押債権として表示した債権差押命令の申立ては,第三債務者において,上記の程度に速やかに,かつ,確実に,差し押さえられた債権を識別することができるものということはできないから,本件申立てのうち当該部分(将来預金の差押え)は差押債権の特定を欠き,不適法であるというべきである。

2 前提

 民事執行規則133条2項は,債権執行についての差押命令申立書に強制執行の目的とする財産を表示するときは,「差し押さえるべき債権の種類及び額その他債権を特定するに足りる事項」を明らかにしなければならないと定めている。
 これは,債権差押えが,処分禁止効・弁済禁止効を有することから,他の債権と識別可能であることが必要であること,また,執行裁判所として,債権差押命令の発令に先立ち,差押禁止財産にあたるか否か,超過差押えにならないかどうかを判断する上でも必要だからである。債権差押えの特定の有無は,第三債務者が社会通念上合理的と認められる時間及び負担の範囲内で差押えの対象となる債権を識別することができるか,債権者が通常行い得る調査手段によってどの程度の特定が可能であるかを考慮して判断される。

3 下級審裁判例

(1)肯定(送達の時から3営業日以内)

  • 奈良地裁平成21年3月5日決定(消費者法ニュース79号200頁)
  • 高松地裁観音寺支部平成21年3月25日決定(消費者法ニュース80号347頁)
  • 奈良地裁葛城支部平成22年5月24日仮差押決定
  • 名古屋地裁岡崎支部平成22年10月29日仮差押決定

(2)否定

  • 東京高裁平成20年11月7日決定(判タ1290号304頁)

4 本決定の理由

(1)

 将来預金の差押えが可能であるとすると,差押命令の送達を受けた第三債務者たる銀行は,まず,預金残高のうち差し押さえられた部分,すなわち差押債権額の範囲内でのみ出金を停止する。
 預金残高が差押債権額を上回っていれば,その上回った部分については出金は停止されず,銀行は従前どおり預金者からの出金の請求に応じる契約上の義務を負う。

(2)

 他方で,普通預金債権の差押えがなされても,当該口座への入金が停止されることはない。
 また,第三債務者たる銀行は,将来の入出金の時期及び金額をあらかじめ把握することができない。

(3)

 そのため,将来預金の差押えが可能であるとすると,仮に差押命令送達時においては預金残高が差押債権額と同じか下回っており,その全額の出金が停止されていたとしても,その後,預金者ないし第三者からの入金が継続し,預金残高が増加すれば,第三債務者たる銀行は,入金の都度,改めて預金残高と差押債権額とを比較して,前者が上回っていればどの部分につき出金を停止し,どの部分については出金を停止しない(払戻請求に応じる)かを判断しなければならない。
 しかし,払戻請求を受けるたびに,預金残高と差押債権額とを比較し,差押債権額を上回る部分についてのみ払戻請求に応じるという作業を行うことは期待できない。

(4)

 そうすると,将来預金の差押えは,第三債務者たる銀行が,速やかに,かつ,確実に,差し押さえられた債権を識別することができるものということはできないから,差押債権の特定を欠き,不適法である。

5 田原睦夫裁判官の補足意見

(1)

 普通預金口座の場合,一般に公共料金等の自動引落し口座として利用されることが多く,また事業者たる債務者の場合には,従業員の給与の振替口座やリース料債務等の振替口座として利用されるが,かかる場合に,第三債務者にて将来預金の入金状況を常に監視しながら差押えの効力の及ぶ部分を識別し,約定に係る自動引落しや振替の可否を速やかに判断することは困難である。

(2)

 また,普通預金取引と定期預金取引とを一体化して,普通預金の残高が不足しても定期預金の残高の一定額の範囲で定期預金を担保として貸付を行って払戻に応じる総合口座が普及し,この場合には,第三債務者は,将来預金の入金について,差押えの効力が及ぶのか定期預金担保の貸付の返済に充てられるのかを,入金の都度確認して処理することが必要になるが,そのような負担を考慮すると,将来預金の差押えは特定を欠くものというべきである。

(3)

 将来預金の差押えを肯定し,それに伴い生ずる諸問題については民法478条や481条により適切に対応することは困難である。

(4)

 将来預金の差押えを肯定すると,差押え後に,差押禁止債権に係る金員が振り込まれた場合にも差押えの効力が及ぶことになって,法が差押禁止債権として定めた趣旨に反する結果が生ずる。

第2 複数店舗の預金差押えについて(最決平成23年9月20日)

1 はじめに

 本件と同じく,差押債権の特定が問題となった事例として,支店番号順による全支店の預金の差押えなど,複数支店の預金の差押えの問題がある。
 この問題については,下記のとおり,下級審裁判例も肯定例・否定例にわかれ,学説も肯定説・否定説などにわかれていたが,本決定にも引用されているとおり,最決平成23年9月20日が,「債権差押命令の申立てにおける差押債権の特定は,債権差押命令の送達を受けた第三債務者において,直ちにとはいえないまでも,差押えの効力が上記送達の時点で生ずることにそぐわない事態とならない程度に速やかに,かつ,確実に,差し押さえられた債権を識別することができるものでなければならない。」という一般論を示し,いわゆる全店一括順位付け方式による申立ては,差押債権の特定を欠くとして,差押命令の申立ては却下すべきものとした。

2 裁判例

(1)否定例

  • 東京高裁平成5年4月16日決定(判時1462号102頁)
    全本支店
  • 東京高裁平成12年11月29日決定(判タ1103号183頁)
    限定的順位方式(7店舗)
  • 東京高裁平成14年9月12日決定(判時1808号77頁)
    限定的順位方式(6~12店舗)
  • 東京高裁平成17年6月7日決定(金商1227号48頁)
    全本支店
  • 東京高裁平成17年6月21日決定(金商1227号48頁)
    東京都内の全支店
  • 東京高裁平成17年9月7日決定(判時1908号137頁)
    限定的順位方式(4~37店舗)
  • 高松高裁平成18年4月11日(金商1243号12頁)
  • 東京高裁平成18年4月27日決定(金法1779号91頁)
    限定的順位方式(4店舗)
  • 東京高裁平成18年7月18日決定(金法1801号56頁)
    限定的順位方式(32店舗)

(2)肯定例

  • 東京高裁平成8年9月25日(判時1585号32頁,判タ953号299頁)
    限定的順位方式(3店舗)
  • 広島高裁岡山支部平成16年12月15日(金法1765号55頁)
    限定的順位方式(35店舗)
  • 東京高裁平成17年10月5日決定(判タ1213号310頁)
    限定的順位方式(13~17店舗)
  • 東京高裁平成18年6月19日(判時1937号91頁)
    限定的順位方式(3~6店舗)
  • 大阪高裁平成19年9月19日決定(判タ1254号318頁)
  • 神戸地裁姫路支部平成22年10月23日(石井宏治さん)
  • 東京高裁平成23年1月11日決定(金法1918号109頁)
    限定的順位方式(11店舗)
  • 東京高裁平成23年1月12日決定(金法1918号109頁)
    全本支店
  • 東京高裁平成23年3月30日決定(公刊物未搭載)
  • 大阪高裁平成23年7月1日(公刊物未搭載)
    全本支店
  • 東京高裁平成23年7月15日決定(公刊物未搭載)
    全本支店
  • 東京高裁平成23年7月20日決定(公刊物未搭載)
    全本支店

3 学説

(1)否定説

  • 東京地裁民事執行センター 金融法務事情1767号26頁
  • 江尻禎 「民事保全の実務(上)」(東京地裁保全研究会編)180頁
  • 深沢利一「民事執行の実務(中)[三訂版]」414頁
  • 吉原省三「新実務民事訴訟講座(12)」385頁
  • 小澤征行 金融法務事情1479号5頁

(2)肯定説

  • 清水明宏 判例タイムズ768号48頁
  • 岩田真 「東京弁護士会研修叢書6」122頁
  • 住吉博 判例評論420号51頁(判例時報1476号221頁)
  • 大西武士 NBL556号64頁

(3)折衷説(対象店舗を2箇所程度に限定的に列挙した場合は適法である)

  • 澤井種雄 金融法務事情689号25頁

4 肯定説と否定説のそれぞれの理由

(1)問題の所在

 実質的には,債権の実現を図る債権者の利益と,差押命令への対応を強いられる第三債務者の負担及びリスクとを,どのように調整するかという問題

(2)否定説の論拠

  • 預金は各支店ごとに管理されている。
    支払停止の措置をとるまでに相当の時間を要する(その間の二重払いの危険)。
  • 都銀はCIFシステムを導入しているが,地銀・信用金庫は対応できない。
  • 債権差押命令の効力は「直ちに」生じるが預金保険法の資料の提出は「遅滞なく」で足りる。

(3)肯定説の論拠

  • ある程度支店ごと独立に管理されているが,オンラインで顧客管理されている。
    支払停止の措置を講じるまでに,それほど時間はかからない。
  • CIFシステム
  • 金融機関には預金者のデータ整備が義務づけられている(預金保険法55条)。

第3 預金額最大店舗指定方式について

1 東京高決平成23年10月26日

 ところで,かかる最決平成23年9月20日の後に,複数支店の預金債権に対する差押命令の申立ての1類型であるが,「全店一括順位付け方式」ではなく,「預金額最大店舗指定方式」の申立てについて,東京高決平成23年10月26日は,差押債権の特定に欠けることがないとした(判時2130号4頁)。
 この決定は,上記最高裁決定を踏まえた上で,なお,預金額最大店舗方式であれば,差押債権の特定に欠けることはないとしたものである。
 この裁判は,第三債務者から許可抗告の申立てもなく,確定している。
 名古屋高決平成24年9月20日も同旨である(金商1405号16頁)。

2 東京高決平成24年10月24日

 ところが,東京高決平成24年10月10日(判タ1383号374頁)及び東京高決平成24年10月24日(判タ1384号351頁)は,預金額最大店舗方式であっても,差押え債権の特定がされていないとした。
 その理由としては,預金額最大店舗方式の場合であっても,第三債務者は,すべての店舗の中から預金額最大店舗を抽出する作業が必要となるが,その際,すべての店舗のすべての預金口座から該当顧客の有無を検索した上で,該当顧客を有する店舗における差押命令送達時点での各口座の預金残高及びその合計額を調査して,当該店舗が最大店舗に該当するかを判定する作業が完了しないかぎり,差押えの効力が生ずる預金債権の範囲が判明しないことになるという。
 そして,東京高決平成24年10月24日に対して,許可抗告がなされ,それに対して,最高裁平成25年1月17日決定は,「所論の点に関する原審の判断は正当として是認することができる。論旨は採用することができない。」とした(判時2176号29頁)。
 これによって,預金額最大店舗方式についても,実務的には許されないということになった。

第4 考察

1 そもそも「差押債権の特定」の問題か。

 上記「前提」において指摘したとおり,民事執行規則(民事保全規則)の規定によれば,債権差押命令申立てにあたっては,「債権を特定するに足りる事項」を明らかにしなければならないとされている(民事執行規則133条2項,民事保全規則19条)。
 従来の裁判例・学説は,将来預金の差押えについても,複数店舗の預金差押えについても,預金額最大店舗の差押えについても,いずれもこの「債権の特定」の問題として捉えている。
 差押えの対象となる債権について,どの程度に特定すべきかについては,上記規定の制度趣旨及び当該債権の給付内容や性質に照らして,債権の種類ごとに判断するほかない(東京高決平成17年10月5日)。そして,差押債権の表示を合理的に解釈した結果に基づき,しかも,第三債務者において格別の負担を伴わずに調査することによって当該債権を他の債権と誤認混同することなく認識し得る程度に明確に表示されることを要するとされている(東京高決平成5年4月16日)。
 しかし,そうであれば,債権の特定としては,預金者の「住所」「氏名」「生年月日」「読み仮名」が特定されていれば,「債権の特定」はできていると考えられる。
 将来預金の場合や複数店舗の預金の場合に第三債務者に生じる負担の問題は,いわゆる二重払いの危険の問題であって,民法478条の解釈によって解決すべき問題である(荒井哲朗「詐欺的金融商品取引業者からの現実的な被害回復に向けて」)。

2 田原裁判官の補足意見について

 これに対して,最決平成23年9月20日の田原裁判官の補足意見は,次のように述べる。すなわち,「民法478条,481条に関する議論は,論者によって十分に詰められていないし,債権の流動化を含む経済取引の迅速化が求められている今日,債務者の第三債務者に対する債権につき,第三債務者が差し押さえられた債権を識別するまでの間,債務者への支払いに応じてよいか否かが判然としない浮動的な状態が生ずることは,取引上重大な支障をもたらすことになりかねない。このような取引上の支障は,債務不履行責任の追及という事後的な手続では到底救済され得ないような不利益を債務者にもたらしかねないのである。」
 しかし,このように第三債務者の負担への配慮がいきすぎると,将来預金の場合や複数店舗の預金の場合のみならず,同一店舗の複数口座の差押えの場合であっても「債権の特定」を否定することになりかねない。

3 利益衡量

 上記「問題の所在」において述べたとおり,この問題は,実質的には,債権の実現を図る債権者の利益と,差押命令への対応を強いられる第三債務者の負担及びリスクとを,どのように調整するかという問題である。
 第三債務者は,債務者が預金の残高を超えるような払戻請求をした場合,当然に払戻請求には応じないのであって,各支店ごとであったとしても,預金残高(払戻に応じることができる金額)は常に把握している。
 そうだとすれば,差押命令の送達があった場合に,預金残高を把握すると同様に,差押命令の対象部分を除外して,払戻に応じることができる金額を把握することは,それほど難しくないはずである。
 他方,債権者の立場からすれば,預金債権について支店を特定しなければならないとすると,不法行為に基づく損害賠償請求のように,被害者が加害者の事情を全く知り得ないような場合には(とりわけ悪徳業者やその代表者に対する執行の場合など),事実上,債権差押えの方法による権利の実現の途は閉ざされることになる。
 かかる債権者の利益と,第三債務者の負担を比較考量すれば,わが国の民事訴訟,民事執行制度を実効性のあるものにするためにも,将来預金の差押えについても,全支店執行についても,原則として認めるべきであると考える。少なくとも,預金額最大店舗方式については第三債務者の負担がより小さいといえる。そして,第三債務者が被るかもしれない不利益に関しては,上記のとおり民法478条等により解決すれば足りる。なお,債務者は,債務名義に基づいて支払義務を負っているのに,現実に支払いをしていない者であるから,田原裁判官の補足意見にいう「事後的な手続では到底救済されないような不利益を債務者にもたらしかねない」という事態は,通常生ずることがないように思われる。

以上