催告なしに保険契約が失効する旨の約款の効力

平成24年8月7日

文責:弁護士 向来 俊彦

催告なしに保険契約が失効する旨の約款が消費者契約法10条に反しないとされた事例
最高裁平成24年3月16日判決(判例時報2149号68頁)

1 要旨

 保険料の払込がされない場合に,履行の催告なしに生命保険契約が失効する旨を定める約款の条項は,消費者契約法10条に違反しない。

2 前提

 消費者契約法10条は,次のような条文である。「民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって,民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは,無効とする。」
 すなわち,前段「任意規定が適用される場合に比べて,消費者の権利を制限し義務を加重する条項」であり,後段「信義誠実の原則に反して,消費者の利益を一方的に害する条項」は無効とされる。

3 最判平成23年7月15日(判例時報2135号38頁)

 消費者契約法10条に関する先例としては,更新料条項が消費者契約法10条に違反しないとした最判平成23年7月15日がある。
 同判決は,消費者契約法10条の後段要件について次のように述べている。
 「当該条項が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるか否かは,消費者契約法の趣旨,目的に照らし,当該条項の性質,契約が成立に至った経緯,消費者と事業者との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差その他諸般の事情を総合考量して判断されるべきである。」

4 問題の所在

(1)本件約款

  • 猶予期間は1か月間として,催告をしなくとも,猶予期間満了日の翌日から効力を失う(失効条項)。
  • ただし,解約返戻金が大きいときは,保険会社が自動的に貸し付けて有効に存続させる(自動貸付条項)。
  • 医療保険の場合1年,生命保険の場合3年以内であれば,滞納額を支払って契約を復活させることができる(復活条項)。

(2)

 失効条項は,催告なしに失効すると定められていることから,民法541条の場合と比べて,消費者の権利を制限するものであるから,消費者契約法10条の前段要件は満たす。

(3)

 そこで,失効条項が,信義誠実の原則に反して消費者の利益を一方的に害する条項にあたるかどうかが問題となる。

5 原審(東京高判平成21年9月30日)

 原審は,失効条項は消費者契約法10条に違反すると判断した。その理由は次のとおりである。
  • 本件失効条項は,履行の催告(民法541条)なしに,直ちに契約が失効する旨を定めたものであること。
  • 自動貸付条項,復活条項は,保険契約者が受ける不利益を補う手段として十分ではない。
  • 保険会社が従来から不履行があった場合に督促をしていたか否かは,失効条項の効力を判断するにあたって考慮すべき事情にはあたらない。

6 本判決

 ところが,本判決は,次のような理由を述べて,原判決を取り消し,審理を差し戻した。
  • 民法541条により求められる催告期間よりも長い1か月の猶予期間が定められている。
  • 自動貸付条項がある。
  • 保険会社において,本件保険契約の締結当時,契約失効前に保険料払込の督促を行う態勢を整え,そのような実務上の運用を確実にした上で約款を適用していることが認められるのであれば,本件失効条項は消費者契約法10条に違反しない。

7 須藤裁判官の反対意見

 この多数意見に対して,須藤裁判官の反対意見がある。
 その理由は次のとおりである。
  • 催告期間よりも長い1か月の猶予期間があることや,自動貸付条項があることは,催告の代替措置には値しない。
  • 督促通知をすることも,その運用が確実であることも,あくまで事実上のものにすぎない。少なくとも,督促通知を行うべきことを約款上に明記するなどこれを法的に義務づけようにすべきである。

8 評釈

 なぜ最高裁が,「事実上の運用」という極めてあいまいな事情に基づいて判断したのか甚だ疑問である。
 須藤裁判官の反対意見が説得的である。

以上